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2006年01月11日
河井寛次郎記念館
京都の五条坂、清水寺から程近い場所に河井寛次郎記念館はあります。
この記念館かつて寛次郎さんの生活していた住居です。その住居ができる
限りそのままの状態で保存されていて、ご自身の作品や愛用していた品々
が展示されています。表現者としての寛次郎さん、そして生活者としての
寛次郎さんも体感することができます。
自らが設計したこの住居からは作品に負けないくらいの個性・美意識を感じ
ますが、天然素材が多く使われ、民家を模範として設計されているので生活感
に溢れていて非常に居心地が良いです。
またかなり年月の経つ(昭和12年完成)住居なのですが、単純な「古き良き」
ではなく、間取りや使用されている家具からは、むしろ新鮮で斬新な印象を
受けます。
どんな人でも「おぉ、よく来たねぇ」と迎えていた寛次郎さんの人柄の良さ
と、この空間の居心地が良さからか、寛次郎さんが生活していた頃から来客が
絶えなかったそうです。
親友の濱田庄司さんがイギリスから「スリップウェア」を持ち帰り柳宗悦さん
と寛次郎さんとその美について語ったのも、この場所でした。
作品は年3回入れ替えて展示されています。晩年につくられたものが多いですが、
中国古陶器を模範とした初期、民藝期の作品も見ることができます。
寛次郎さんに関する資料を見ていると、初期の頃から「彗星現る」と賞賛
され、「薬の河井」と言われるくらい釉薬を自在に扱うことができ、石膏型に
よる成形も第一人者とされるなど、かなり高度な技術を会得されていたことが
わかります。
最後の内弟子だった森山雅夫さん(森山窯)はこう言っていました。
「河井先生は陶工としての確かな技術・知識をお持ちでした。そしてそれらが
土台にあって、表現されていた、本当の意味での作家でした。」
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陶芸以外に取り組んでいた真鍮・木彫り・家具のデザインも展示物から見る
ことができます。森山さん曰く「夜中に急にデザイン画を書き始められることもあり
ました。」 晩年になっても全く尽きることのなかった寛次郎さんの創作意欲には
本当に驚かされます。
敷地内には登り窯・陶房もあり、実際に寛次郎さんが作陶していた現場を
見ることができます。
二番目の室の内部
実験的に焼かれたコースターほどの大きさの陶板。これらの陶板の
出来を見てはうなずいたり、首をかしげたりしていたのでは。
学生時代の学習ノートと日誌。館長の河井敏孝さんによればノートは整理して
書き直されているとのことです。勉強熱心な寛次郎さんの姿勢がうかがえます。
実際に使われていた陶房。作陶の際に使う道具が並んでいます。
今回お邪魔した時は休日だったこともあり、たくさんの来訪者が記念館に来て
いました。作品を見て「これ何だろ?」「これ何のかたちかなぁ?」とぼやいたり、
椅子に腰掛けて中庭を眺めたり、何回も館内を回ったり、作品に釘付けになったり、、、
皆さんそれぞれ、作品と空間を楽しんでいました。
寛次郎ファンの方はもちろん、寛次郎さんのことをご存じでない方も、京都に
行かれるときには是非足をお運びになってみてください。
取材協力:河井寛次郎記念館
投稿者 asobi : 2006年01月11日 00:00
